音楽でお出迎え。 - タヒチ空港 ー

イースター島を後にして、タヒチへ向かいます。6時間10分のフライトです。
左の写真は、イースター空港の待合室。
タヒチ空港に着くと、深夜1時だと言うのに音楽で迎えてくれる人がいました(右真ん中)。右下はタヒチ空港です。
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職人気質のツアーガイド、モアイおじさん。

ツアーガイドのおじさん(左上)。
でも、あまりガイドっぽく無くて、どちらかと言うと職人気質のおじさんです。
年は59歳。5人の子供と6人の孫がいるとの事ですが、何故か1人暮らしています。
ガイド中、いきなり自然に成っているグアバを採って私に分けてくれる優しい人。また、道上の牛をみて「この牛は肉付きが良くて美味しそう」と言ってました。(^.^)
おじさんは仲間7人とモアイを造りました(上の写真)。
このモアイは日本も含め、世界各国で展示されたそうです。凄い!
携帯のバッテリーが欲しいと言ってたので、持っている予備のバッテリーをあげたら、お返しに「木彫りのモアイ」をくれました(右下)。

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モアイの製造工場の山。 - イースター島 ー

モアイの製造工場の山です。
ここで岩を削ってモアイを製造し各地に運んだそうです。
運ぶ途中で落下し、壊れてしまったモアイもいます(右上)。
ちょっとモアイの気持ちを味わって見ました(右下)。(^○^)
モアイは、建造中に放置されたものも含め約900体ありますが、16世紀から17世紀に起きた部族抗争で倒されてしまったそうです。現在アフー(高台)に立っている約30体のモアイは、すべて近代以降に復元されたものです。
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部屋のブレーカーが落ちた! - イースター島のホテル ー

イースター島のホテルです。
6,000円/泊。
歓迎の証として、花輪を頂きました(右下)。^ – ^
ひと騒動!
夜中に部屋に備え付けの電気湯沸かし器でお湯を沸かして、スイッチを切ったら、停電してしまいました。私の部屋とその隣の部屋のブレーカーが落ちた様で、お隣さんと右往左往しました。
私は被害者なのですが、ずっと、やましい気持ちがしていました。(^.^)

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「パスクア」って何? - イースター島 ー

サンティアゴからイースター島へ行きます。約6時間のフライトです。
下の二枚の写真は、イースター島の空港です。
イースター島は、スペイン語で「パスクア」って言うんですね(左上)。南米の国で「イースターアイランド」って言ってもあまり通じない理由がやっと分かりました。(*^^*)

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サンティアゴの街並み。

サンティアゴの街並みです。
左上の写真は、アルマス広場のオブジェです。今にも崩れ堕ちそうなのに、平気で下に座っている人がいます。!(◎_◎;)
左下から右へ「サンティアゴ大聖堂」「サンタルシアの丘からの風景」×2「サン クリストバルの丘」へのケーブルカー入口」です。サン クリストバルの丘の頂上にはマリアさんが立っていました(右上)。
左上の赤いテントの中では、占い師が占いをしていました。
写真は右上から下へ「地下鉄のホーム」「形態模写」「中央市場内のレストラン」「サンティアゴの夕陽」です。
街を歩いていると落ち葉が目立ちます。あっ、秋なんだ!と南半球にいる事に改めて気付きました(左下)。その横は、開催中だった展示会の写真です。でも、何をテーマにしているのか、結局、わかりませんでした。
地下鉄に乗るのにひと苦労!
地下鉄の係員さんで英語が出来る人がおらず苦労しました。切符の買い方が判らず、ひつこく係員さんに聞いていると、タダで改札を通してくれました。良かったのかなぁ?(^^;;
地下鉄の切符はカードを買って、運賃をチャージする様なのですが、カードを買うための額の小さい紙幣を持ってなかったので、どうしたら良いか聞いていただけなのに!
言葉が通じない時でも、めげない気持ちが大事な様です。

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カラフルな街並み、世界遺産バルパライソ。

バルパライソ日帰りツアーに参加しました。
バルパライソは、マゼラン海峡やホーン岬を経由して南米大陸を廻る船の経由地として発展した街です。また、多くのヨーロッパ諸国、特にイギリス、ドイツ、フランス、スイス、イタリアからの移民も受け入れた事により、ヨーロッパ各国の建築様式が混在するカラフルな街並みとなりました(左下 、右下)。
しかしバルパライソの繁栄期は、1914年のパナマ運河の開通により終わりを迎えます。マゼラン海峡通過のリスクを避けるため、船舶はパナマ運河を通過し、バルパライソを経由する必要が無くなった為です。
「バルパライソの海港都市とその歴史的な町並み」として、2003年、世界遺産に登録されました。

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