天体観測施設、ジャンタル・マンタル。

ムガル帝国時代の18世紀前半にジャイプル藩王国のジャイ・シング2世がインド北部の5か所に建設した大型の日時計および天体観測施設。世界遺産。
ジャンタルは、サンスクリット語で「機器、機械」の意味で、マンタルは「参考にする、計測する」という意味です。合わせて、ジャンタル・マンタルは「計測する機器」の意味です。
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スケールが違う、アンコールワット。

カンボジア北西部に位置するユネスコの世界遺産であるアンコール遺跡の一つ。当初はヒンドゥー教寺院として作られましたが、16世紀後半に仏教寺院に改修され、現在は上座部仏教寺院となっています。
サンスクリット語でアンコールは王都、クメール語でワットは寺院を意味します。クメール建築の傑作とされ、カンボジア国旗にも描かれています。

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ガジュマルに覆われる、タ・プローム寺院。

5000人あまりの僧侶が暮らし、600人を超える踊り子が住んでいたとされるタ・プローム寺院。しかし、アンコール王朝の衰退とともに人々は去り、19世紀後半に発見されるまで、数百年の間密林に眠り続けていました。
覆い被さる巨木(ガジュマル)はまるで遺跡を食べているようです。

タ・プローム
タ・プローム

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ルアンパバーンのワット・マイ。

正式名称は、ワットマイスワンナプームアハーム。18世紀末に建立。5層に重なる屋根をもつ、典型的なルアンパバーン様式のお寺です。本堂には、ラーマーヤナの物語を描いた黄金の浮き彫りがあります。(写真が無くてスミマセン)
ラーマーヤナ物語とは
英雄ラーマが猿の勇士ハヌマンらと協力して魔王ラーバナと戦い、誘拐された妻シータを取り戻す物語。
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ルアンパバーンの王宮博物館。

王宮博物館(上2枚)は、フランス統治時代の20世紀初めに当時のシーサワンウォン王とその一族のために建てられた宮殿。
1975年に王制が崩壊し、その後は博物館として利用されるようになりました。館内には、王室で使用されていた調度品や家具、日用品、外国からの贈答品などが展示されていました。
また、2006年にパバーン仏(右下)を祀る黄金のお堂「ホー・パバーン」(その他3枚)が完成しました。
パバーン仏(右下)とは、14世紀、ラーンサーン王朝の初代ファー・グム王の時代にクメール王朝(現カンボジア)から寄贈された純金製の仏像で、1560年にセーターティラート王がヴェンチャンに遷都した際にもパバーン仏は町に残され、その時に町の名前もシェントーンからルアンパバーンと改称されました。パバーン仏は1世紀頃にスリランカで造られたものと伝えられており、ラオスでは最も神聖な仏像とされています。1707年にパバーン仏はヴェンチャンに移された後、18~19世紀かけてシャム(現タイ)との間で略奪、返還を繰り返されますが、1886年にルアンパバーンに返還されました。
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ルアンパバーンのワット・ビスンナラート。

右上の塔の形がスイカを半分に切ったように見えることから、スイカ寺とも呼ばれています。
王様のビスンナラートによって建立され、1513年に完成しました。
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ホイアンの来遠橋他。

この辺り一帯が世界文化遺産に登録されています。
■来遠橋 (右上)
幅3m、長さ18mの瓦屋根付きの太鼓橋。日本人が橋を建設したので日本橋とも呼ばれています。
橋の名前は、1719年に広南国王の阮福淍が論語の「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」から名付けたそうです。申年に建築が始まり戌年に終わったことから、橋の両端には申と戌の木像があります。
■馮興家 (左上)
200年以上の歴史を持ち、現在は8代目となる子孫が英語でガイドしてくれます。ベトナム、日本、中国の建築様式が混じり、洪水の際に荷物を上に運べるように天井には四角い窓が設置されています。
■進記家 (真ん中左)
こちらも200年以上の歴史がある老家。1985年、ホイアンで最初の文化遺産に登録されました。ベトナム、日本、中国の三か国の建築様式がミックスされた建物で、修復を重ねて当時のままの状態を保っているそうです。
■福建会館(下2枚)
17世紀に中国の福建省から中国人家族が来て、福建會館を建てたのがはじまりと言われています。
その証拠に祭壇の奥には天后聖母が祀られています。
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