ヒナ・テ・ファトゥ(月と大地) ポール・ゴーギャン

フランスのポスト印象派の画家、ポール・ゴーギャンの第一次タヒチ滞在中の作品(1893年)です。
本作は、タヒチのマリオ族に伝わる古代ポリネシアの神話「月の神ヒナと大地の神ファトゥ」の風習を基に制作されたと言われています。
「月の神ヒナと大地の神ファトゥ」とは月の神ヒナが必ず死が訪れる哀れな人間が再度、生を受けられるように大地の神ファトゥへ懇願するものの、ファトゥがその願いを拒否するという逸話です。
それでは具体的に観て行きましょう。
背を向けた裸体の全身像の月の神ヒナは、画面右上の彫刻のような大地の神ファトゥへすがるように人間の生(生き返り)を懇願しています。大地の神ファトゥは月の神ヒナと視線を交わすことなく厳しい表情を浮かべており、ヒナの懇願を拒絶していることは一目瞭然です。
太く明確な輪郭線に囲まれた面を平面的に描写し、月の神ヒナの明瞭な褐色的肌色と大地の神ファトゥの暗く沈んだ黒色に近い肌の色の対比と、ファトゥの下に描かれる鮮やかな緑色の植物とそのさらに下の毒々しさすら感じさせる濃密な水溜りの赤色の対比は、観る者を幻覚的で夢想的な感覚にさせます。
ニューヨーク近代美術館所蔵
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松と岩 ポール・セザンヌ

フランスのポスト印象派の画家、ポール・セザンヌ(1897年)の作品です。
本作は、風景画でよく見られるような広大な景色とは異なり、タイトな枠に収められた自然の景色です。しかし、本作からは空気感と動きが感じられます。
それでは具体的に観て行きましょう。
低い潅木と巨大な岩が森の防波堤を形成し、松の木の垂直なラインが上向きに伸び、その先の空が見えなくなっています。
一見すると、セザンヌのパレットは青、緑、茶色に限られているように見えますが、よく見ると、黄色、スミレ、赤など、無限の色のバリエーションがあります。
近距離で見ると、絵は抽象的に見え、無数の筆のネットワークが踊っているように見えます。一歩下がってみると、これらの変化に富んだ筆跡は、セザンヌが「光の振動」と呼んでいたような、心を揺さぶるような効果をもたらしています。
空気感と動きが感じられる作品です。
ニューヨーク近代美術館所蔵
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シャトーノワール ポール・セザンヌ

フランスのポスト印象派の画家、ポール・セザンヌの晩年作品です。
晩年のセザンヌの作品は、より地味で神秘的なものとなって行きます。セザンヌは自然の根源的な秩序だけでなく、その混沌とした落ち着きのなさにも惹かれていたのでした。
それでは具体的に観て行きましょう。
描かれた場所は、地元の伝説によれば「悪魔の城」と呼ばれていた人里離れた、行くのが困難な禁断的な場所です。セザンヌは風景の奥行きを遠近法を使うのではなく、色彩の違いで表現しています。そして、空の青は風通しの良いものではなく、鉛色で、紫と緑のタッチで暗く描いています。建物も、深い黄土色で描かれ、ゴシック様式の窓と不完全な壁が、廃墟のような雰囲気を醸し出しています。
この絵画はセザンヌによると「この場所に対する彼の完全な感覚を実現しようとする試みであり、それはセザンヌ自身のの気質、視覚、精神を含むもの」でした。この絵画を描いた1年後、セザンヌはその人生を終えたのでした。
ニューヨーク近代美術館所蔵。
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水浴の男 ポール・セザンヌ

フランスのポスト印象派の画家、ポール・セザンヌの作品です。
本作は男性の裸体像表現において、伝統的な男性の裸体像表現の壁を打ち破り、新しい表現方法を示した作品と言われています。
それでは具体的に観て行きましょう。
画面中央で腰布のみを身に着け、腰に手を当てながら俯き加減に立つ男性。そこに描かれている男性は、宗教画や神話画などに描かれる、伝統的な筋肉隆々の逞しい男性ではなく、寸胴とした体躯や若干痩せた手足など現実味の高い男性像で描かれています。
しかし俯く男性の表情は、瞑想しているかの様でもあり、現実的でありながらもある種の隔たりを感じさせ、独特の雰囲気を醸し出しています。
セザンヌは、伝統的な男性の裸体像表現の壁を打ち破り、新たな表現方法を示したのでした。
ニューヨーク近代美術館所蔵。
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+3

バイオリンと葡萄 パブロ・ピカソ

19世紀スペインのキュビスムの創始者、パブロ・ピカソの分析的キュビスム時代の作品です。分析的キュビスム時代は、プロトキュビスムの時代から更に分析が進み、対象が徹底的に分解され、何が描かれているのか識別することが困難なところにまで進んでいきました。
それでは具体的に観て行きましょう。
ピカソは画題に忠実に描くよりも、構成や創造することに興味があったといわれています。本作において、着目すべきは、色や構造、全ての特徴的なパーツ―弓、スクロール、弦、これらのパーツは全てバイオリンを構成しており、それぞれがバイオリンを連想させます。
しかしそれぞれのパーツは実際のバイオリンとは、異なった配置をしており、まるで一度ばらばらにされたバイオリンが、ピカソによって組み立てなおされたかのようです。明らかに実態とは異なるにもかかわらず、不思議と不快感や乱雑さは感じられません。
それはピカソが、パーツを再配置する際に全体として一つの芸術になることを意識しながら描いているからです。
ニューヨーク近代美術館所蔵。
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+2

馬を引く少年 パブロ・ピカソ

19世紀スペインのキュビスムの創始者、パブロ・ピカソの薔薇色時代の代表作です。
1904年、ピカソは新たな画題と暖色を用いたパレットで、新たな試みを始めます。いわゆる「薔薇色の時代」の始まりです。
それでは具体的に観て行きましょう。
少年が馬を引く姿を描いています。少年は、か細い馬を手綱無しで従わせています。細かな描写は省き、また茶色と灰色が変化する色合いから、ピカソが新たな試みを始めたことが伺えます。
しかし、新しい試みを始めた薔薇色の時代は、ほんの数年間で、その後ピカソはキュビスムの探究を始めます。
※1:薔薇色の時代(1904年 – 1906年):フェルナンド・オリヴィエという恋人を得て、明るい色調でサーカスの芸人、家族、兄弟、少女、少年などを描いた時代。
ニューヨーク近代美術館所蔵。
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三人の音楽家 パブロ・ピカソ

19世紀スペインのキュビスムの創始者、パブロ・ピカソの総合的キュビスムの時代の作品です。
総合的キュビズムの時代の作品は、単調な色彩の分析的キュビズムの絵画から発展し、装飾的で色彩豊かになります。壁紙など既成の素材を画面に貼り付ける「パピエ・コレ」という技法が用いられています。
三人の音楽家には2つのバージョンがあり、より完成した作品がニューヨークの近代美術館にあります。
ニューヨークの近代美術館所蔵
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マンドリンを弾く少女 パブロ・ピカソ

19世紀スペインのキュビスムの創始者、パブロ・ピカソの作品です。
ピカソの分析的キュビスムの時代(※1)の代表作です。
それでは具体的に観て行きましょう。
本作はマンンドリンを持った少女のヌード絵画です。
立方体、正方形、長方形などさまざまな幾何学形を使って、少女の輪郭を分解しています。一定の方向から対象を描くのではなく、可能な限り複数の方向から彼女を描こうとしました。
彼女の背景色も、幾何学形を使ったライトブラウン単色で描かれており、ぱっと見る限り背景と人間の境界線が分からないようになっています。
ニューヨーク近代美術館所蔵。
※1:分析的キュビスムの時代(1908年 – 1912年):原始的キュビスムの時代(1908年 – 1909年)から更に分析が進み、対象が徹底的に分解され、最終的には何が描かれているのか識別することが困難なところにまで進んでいきました。
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鏡の前の少女 パブロ・ピカソ

19世紀スペインのキュビスムの創始者、パブロ・ピカソの作品です。
本作品は、ピカソの愛人、マリー・テレーズ・ウォルターをモデルに、ピカソがギリシャ彫刻に感じていた「理想の女性像」を重ねて描いた作品です。
ピカソの超現実主義の時代(※1)の作品です。
それでは具体的に観て行きましょう。
テレーズの白い顔に差し込む後光は、顔の右半分を滑らかなラベンダー・ピンク色で照らして穏やかに描かれています。しかし、光が当たらない左半分は三日月のような顔をしており、緑のアイシャドウやオレンジの口紅などラフな厚化粧がほどこされています。これは、テレーズの昼と夜の両方の表情、また落ち着きと生命力の両方を表現しており、さらに純粋な少女から世俗的な大人の女性へ移行するテレーズ自身の性的成熟を表現しています。満月や新月ではなく三日月形になっている表情が「移行」を象徴しています。
また化粧テーブルの鏡に映るテレーズの姿は異形的です。顔はまるで死体のように黒々としており、まるで死に直面しているようにも見えます。ピカソは、そこに少女の魂、少女の未来、少女の恐怖を表現したのでした。
ニューヨーク近代美術館所蔵。
※1:超現実主義の時代(1925年 – 1936年):ピカソが超現実主義に興味をもった時代。
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