キリストの磔刑

15世紀を代表するパドヴァ派の画家、アンドレーア・マンテーニャの代表作。
パドヴァ派は、古典的なモティーフを題材に、鋭い彫刻的な線や短縮法、遠近法を用い、劇中を思わせる現実味を帯びた絵画を作り出しました。
具体的に見て行きましょう。
キリストが十字架に架けられた場面を描いています。鋭利で硬質的に描かれた大地。これはマンテーニャが得意とした表現手法です。大地と十字架で明確な遠近法が用いられ、磔刑に処されるイエスの深い表情には聖性を感じます。
このようにして、マンテーニャは絵画に劇中を思わせる様な現実味を与えることに成功しているのです。
ルーブル美術館所蔵。
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3+

ケルメス(村祭り)

ピーテル・ブリューゲルの息子、ピーテル・パウル・ルーベンスの作品。ルーブル美術館所蔵。
村祭りの描写の中で、人間の野卑さを表現する、北方絵画の伝統的な形式で描かれています。前景の小屋の中に描かれた大食いの象徴である豚の醜い顔に人間の野卑さを表しています。
しかし、この作品におけるルーベンスの関心は人間の野卑さだけではなく、異なる世代が陽気に混じり合った祭りの賑やかさも表現しようとしています。
婚礼もしくは収穫の終りを記念している宴会は、茶色の色階を用いて描かれた農場で繰り広げられています。画面の構図は三角形を基本に、その中に陽気なファランドールを踊りながら列を成した農民の喧騒がひしめき合っています。ダンスをする二人組の連なりがアラベスク模様のように流れ、一つの動きを形作っています。全体の目まぐるしい渦の印象が、反響し合う無数の曲線によって強調され、生きる喜びと感覚の悦楽を表現するために、多彩な人物像の陳列を観ている者に与えてくれます。
まるで子犬のように大騒ぎをする者、地面の上で直に飲み食いをする者、赤ら顔の肥った女の乳房をむさぼるように飲んでいる幼児、恋愛ゲームにあからさまに身を委ねるその場限りの恋人たち・・・
これらの生命の興奮が、晴朗な光り輝く空に溢れた穏やかな風景の広がりにより強調されています。
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2+

干し草車

17世紀フランス古典主義の画家兄弟ル・ナン三兄弟を代表する作品です。ルーブル美術館所蔵。
本作品は1848年にパリで展示され、大きな反響を呼んだ作品として知られています。
画面右下部分に赤子を抱く母親の農婦が荷馬車の前で座り、その周りには猟犬や家畜が配されています。またその上部に荷馬車の上に乗り子供らの姿が干し草と共に描かれ、その中のひとりは笛を吹いています。画面中景では納屋の前に農婦とその子供らが家畜に水を与えています。
リズム感の良い人物配置や構図が本作の特筆すべき点のひとつですが、豊かな色彩で描かれる本作の中に漂う独特の風俗的情緒感が作品の中から現実の世界へ、渾然として観る者に訴えかけているところが絶品と評されています。
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3+

エビ足の少年

この作品は1642年に描かれた、バロック・ナポリ派の巨匠フセペ・デ・リベーラの代表作です。ルーブル美術館に展示されています。
「えび足」とは、この絵に描かれた少年の、不自由な右足を意味します。障害をもち、身長の伸びが途中で止まったと思われる少年は、不快ともとれるほど歯並びは悪いが、屈託のない笑みを浮かべ、鑑賞者の方を見つめています。少年の手には歩行用の杖とともに、1枚の紙片が握られ、そこには人々に施しを勧める言葉「神への愛故に、私へ施しを与えたまえ」が読み取れます。この絵は単なる風俗画ではなく、カトリック信徒の務めとしての「慈善」を勧める意味があります。
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4+

鍛冶屋

フランス古典主義の画家のル・ナン兄弟が1640年に描いた作品。ルーブル美術館に展示されています。
ル・ナン兄弟は、絵画がまだ王侯貴族や教会、特別の金持ちの注文でしか描かれなかった時代に、農民や職人ばかり描いた画家です。
なぜル・ナン兄弟と呼ばれるかといえば、いずれも画家であったアントワーヌ、ルイ、マチューの3兄弟が、だれが描いたものでも、作品には「ル・ナン」と姓だけしかサインしなかったからです。どの作品も、3人のうちの1人が描いたのか、それとも共同で描いたのか、正確にはわかっていません。
この作品の仕事場に集まった鍛冶屋の家族は、記念写真でも撮るときのようなポーズをしていますが、なにか鍛冶という仕事の神聖さにつつまれているように見えます。
ル・ナン兄弟がこの絵で描いているのは、日本でいえば野鍛冶と呼ばれる、農具などを作る鍛冶屋です。鍛冶屋は若い夫婦で、左側に立っている2人は彼らの子どもだと思われます。右手で腰掛け、横を向いている人物と、彼に寄り添うようにしている子どもは、これも家族の一員で、子ども連れでやってきた鍛冶屋の客です。
鍛冶屋の家族は、全員立ってこちらを向いています。しかし、右手の腰掛けた男と子どもだけが、横を向いています。これは右端の2人だけが家族ではないことを示しています。
鍛冶屋も家族なら、訪ねてきた農民とその子どもも、ひとつの家族です。
ル・ナン兄弟は、ここにふたつの家族を描きました。そして描かれたふたつの家族は、同じ労働に生きる家族同士として、一見すると一家族に見えるほど、ひとつの画面のなかで溶け合っています。
ル・ナン兄弟自身のパリでの共同生活が示したように、彼らにとっては、家族の結びつきほど大切なものはありませんでした。それが彼らの生涯のテーマでした。
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3+

女占い師

この絵画はカラヴァッジョの作品です。「女占い師」には2つのバージョンがあり、原作は1594年に描かれ、ローマのカピトリーノ美術館に展示されています。2作目(本作)は1595年に描かれ、パリのルーブル美術館に展示されています。
少年は少女の顔を満足そうに見つめ、少女も少年を見つめ返しています。しかし、よく絵を見てみると、少女は少年の手を握りながら、彼の指からこっそり指輪を抜いており、少年はそれに気が付いていない様子です。
当時、このような庶民的な画題は、オランダ画家たちにより多く描かれていましたが、伝統あるローマに於いて、一流の画家であるカラヴァッジョが描いたことはセンセーショナルな出来事でした。カラヴァッジョによる世俗的な絵は彼の後継者に大きな影響を与え、ローマでも同様な風俗画が数多く描かれるようになりました。
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5+

マリード・メディシスの戴冠式

この作品は、17世紀フランドルの画家ピーテル・パウル・ルーベンスの代表作「マリー・ド・メディシスの生涯」の24連画のひとつです。
アンリー4世が、ドイツ遠征を前にして、不在中の統治権を王妃のマリー・ド・メディシスに預けることとなり、その権威を強化するため、1610年5月13日サン・ドニ聖堂で王妃の戴冠式を行いました。ルーベンスがこれを描いたのは、戴冠式の十数年後です。歴史的事実に基づいたこの絵は、300年の後ダヴィッドの作品に影響を与えたとされています。
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4+

マリー・ド・メディシスのマルセイユ上陸

この作品は、17世紀フランドルの画家ピーテル・パウル・ルーベンスの代表作「マリー・ド・メディシスの生涯」の24連画のひとつです。
フランス王アンリ四世の妻でルイ十三世の母でもあるマリー・ド・メディシスがリュクサンブール宮殿を装飾するために注文したものです。
アンリ四世と結婚するために、海路はるばるイタリアからマルセイユに到着したばかりの花嫁マリー・ド・メディシスを史実に基づき描いています。 左上にメディチ家の紋章、左下には警護する海の神ネプチューンとトリトン、王妃の足下には到着を喜ぶ3人の海の精ネレイスがいます。
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3+

ルイ14世の肖像

この作品の作者のイアサント・リゴーは、ロココ美術初期を代表する肖像画家です。 フランス古典主義の画家フィリップ・ド・シャンパーニュや17世紀フランドル絵画の巨匠アンソニー・ヴァン・ダイクの優雅な人物表現と、イアサント・リゴー独自の豪奢な肖像演出を融合させた画風は、豪壮かつ優雅で、華々しさが際立ち、モデルを気品高く、偉大に感じさせます。
この作品は、スペイン王フェリペ5世に贈るために注文された肖像画で、気品溢れる古代風の装飾、緋色の幕、白百合の紋章がついた衣装を身に纏った太陽王の威厳といった各々の細部のおかげで、絶対権力を表わす洗練されたイメージを創りだしています。
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4+