「なんじゃ、こりゃ!」フォロ ロマーノ。

「なんじゃ、こりゃ!」
圧倒されました。
フォロ ロマーノは、紀元前6世紀頃からローマ帝国がテトラルキアを採用する293年にかけて、国家の政治・経済の中心地だったそうです。
西ローマ帝国滅亡後は打ち捨てられ、土砂の下に埋もれてしまい、本格的な発掘は、19世紀になってから。現在の遺跡は、大部分が帝政時代以降のものだそうです。
Wikipedia引用。
世界遺産。
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ギザの三大ピラミッド

三大ピラミッドとは、ギザの大ピラミッド(クフ王のピラミッド)、カフラー王のピラミッド、メンカウラー王のピラミッドです。
隣接するスフィンクスとともに、エジプトを象徴する建造物です。
これらのピラミッドが建設されたのは、エジプト古王国時代(紀元前2500年頃)で、この時代ことを、規模・技術ともに最高水準であるkとから「ピラミッド時代」とも言われています。

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コルニリアの街並み。

左上が名所の写真です。
コルニリアからヴェルナッツアまで、徒歩70分。電車にしようか迷ってたのですが、今まで閉鎖されていて思うように歩けなかったので、徒歩で行く事としました。
途中、藁人形に似た十字架を見つけました(右上)。
ここで朝食(右上2枚目)。
オシャレな朝食で、なんかちょっといい感じと思いきや、その後、どんどん道が険しくなり登山状態(右下2枚)です。もうヘトヘト(^^;
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ホイアンの来遠橋他。

この辺り一帯が世界文化遺産に登録されています。
■来遠橋 (右上)
幅3m、長さ18mの瓦屋根付きの太鼓橋。日本人が橋を建設したので日本橋とも呼ばれています。
橋の名前は、1719年に広南国王の阮福淍が論語の「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」から名付けたそうです。申年に建築が始まり戌年に終わったことから、橋の両端には申と戌の木像があります。
■馮興家 (左上)
200年以上の歴史を持ち、現在は8代目となる子孫が英語でガイドしてくれます。ベトナム、日本、中国の建築様式が混じり、洪水の際に荷物を上に運べるように天井には四角い窓が設置されています。
■進記家 (真ん中左)
こちらも200年以上の歴史がある老家。1985年、ホイアンで最初の文化遺産に登録されました。ベトナム、日本、中国の三か国の建築様式がミックスされた建物で、修復を重ねて当時のままの状態を保っているそうです。
■福建会館(下2枚)
17世紀に中国の福建省から中国人家族が来て、福建會館を建てたのがはじまりと言われています。
その証拠に祭壇の奥には天后聖母が祀られています。
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静かでのどやかな庭園⁉ ー 藕園 ー

2000年世界文化遺産に登録。
藕園(ぐうえん)という名は、夫婦二人が隠居して、仲むつまじく暮らすという意味合いで名付けられたそうです。
本来は、静かでのどやかな庭園の筈が、世界遺産に登録された事で、人で賑わう庭園になっていたのが残念です。
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マラッカのマレーシア最古の建物たち。

■青雲亭(上3枚)
マレーシア最古の中国仏教寺院。
明の永楽帝の命を受け大遠征を指揮した海軍大将「鄭和」の功績をたたえ1646年に建立されました。
■カンポンクリンモスク(真ん中3枚)
マレーシア最古のモスク。1748年に建築されたと言われています。堂内の壁にはイギリス製とポルトガル製のタイルが使用されているそうです。
■スリポヤタヴィナヤガールムーティ寺院(下)
マレーシアで最古のヒンドゥ寺院。
ほんの100mの距離内に3つの建物があります。
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ペナン島のコーンウォリス要塞。

この辺り、ジョージタウン一帯が世界遺産に登録されています。
コーンウォリス要塞は、1786年にイギリス東インド会社のフランシス・ライトが、ケダ州の王より奪ったペナン島に最初に上陸した場所に築いた要塞。
当時のイギリスにとって、植民地をオランダやフランス、海賊などから防衛する海上交通上の要衝でした。
右下の写真にビクトリア メモリアル時計塔が写っています。
この時計塔は、1897年に地元の慈善家であるチア氏が、当時のヴィクトリア女王即位60周年を記念して建造。高さは即位の年数と同じ60フィート(約18.3m)です。
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世界遺産! アムステルダム環状運河地区。

暫し、美しい風景をご鑑賞あれ。。。ヘーレン運河、プリンセン運河、ケイザー運河、ヨルダーン地区などを含む17世紀の環状運河地区は、2010年に世界遺産に登録されました。
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