サンタ・マリーア・マッジョーレ大聖堂

教皇が建築させたローマの四大バシリカ(古代ローマ様式の聖堂)の一つ。古代キュベレ神の神殿があった場所に築かれ、数回にわたる改修と1348年の地震に伴う崩壊の危機を乗り越え、ローマのバシリカ様式の聖堂では唯一原構造を残している貴重な建築物です。
サンタ・マリーア・マッジョーレ大聖堂とは、「偉大なる聖母マリアにささげられた聖堂」という意味だそうです。
因みに、四大バシリカとは、このサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂、サン・ピエトロ大聖堂、サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂、サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂の四つです。


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2+

地球3周動画(ヘルシンキ編)

フィンランドはヘルシンキの風景動画。(約17MB)


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4+

地球3周動画(アムステルダム編)

オランダはアムステルダムの風景動画(約12MB)。


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3+

地球3周動画(イギリス編)

イギリスは、ロンドン/カンタベリー/バースの風景動画。(24MB)


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2+

手袋の男

ティツィアーノは、表情の中に心理的な力を読み取ることができるような肖像画を世の中で、はじめて生み出した画家です。
この作品では背景および薄暗い色の衣服と、白いブラウスによって際立てられた明るい肌色との対比によってモデルの個性を表現し、控えめな気品が漂うこの青年の力強いと同時に憂鬱げな複雑な感覚を連想させる容貌、そして両手へと関心を集中させることに成功しています。写真のように人間のリアルティを感じさせる作品です。
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4+

田園の奏楽

ヴェネツィア派の大画家ティツィアーノ初期に属される代表的な作品のひとつです。 兄弟子のジョルジョーネが制作途中で死去した為、ティツィアーノが引継ぎ、完成させました。
田園を見下ろす丘に男性二人と女性二人がいます。水を汲む女性の「水」、笛は「息」つまり「空気」の隠喩、男の赤い衣は「火」、褐色は「土」を意味しており、世界を構成する四元素が音楽を奏でています。音楽を世界調和の表現と見た古代思想や世界を四元素の調和とみた新プラトン主義を感じさせます。
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4+

キリストの洗礼

この作品に描かれているのは、新約聖書の中のこんな場面です。
洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。
(中略)彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打もない。
わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」
そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。
水の中から上がるとすぐ、天が裂けて”霊”が鳩のように御自分に降ってくるのを、御覧になった。
すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。
(日本聖書協会「新約聖書」マルコによる福音書1:4-11より)
ということで、中央がイエス・キリスト。右側で洗礼を授けているのがヨハネです。
イエスの頭上には、いままさに降りてこようとしている鳩(=精霊)と、その上にそれを遣わした神の手が見えます。
左側には洗礼を終えたイエスを迎えようと待っている天使たちがいます。
この作品は、レオナルド・ダ・ヴィンチとその師匠のヴェロッキオにより描かれました。レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたのは、左側の天使と遠景、キリストの足元の水と言われています。
ダ・ヴィンチが描いたところは、他と明らかにクオリティが違いますね。このレオナルドが描いた天使を見て、師匠のヴェロッキオはそのずば抜けた才能にはかなうまいと、二度と絵筆をとらなかったと言われています。
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5+

ウルビーノのヴィーナス

イタリアの巨匠ティツィアーノが1538年に描いた作品。
ローマ神話のヴィーナスを描いており、ポーズはジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」を模倣したものと言われていますが、 ティツィアーノはさらに官能性を追求した作品にしました。 ヴィーナスの右手は愛を表す花束を持ち、左手は画面中央に陰部を隠しながらも挑発するかのように置かれ、寓意画では貞節を意味するイヌは、そばで眠っており、その役割を放棄しています。
この絵画はウルビーノ公爵グイドバルド2世・デッラ・ローヴェレの依頼によって描かれたものですが、これほどまでに官能的に描かれているのは、公爵の年若い花嫁となったジュリア・ヴァラノへの「教育」を意図したものではないかと言われています。
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5+

ルチェライの聖母

玉座の聖母子と6人の天使(ルチェライの聖母)。 ドゥッチョの代表作。
フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂のルチェライ礼拝堂のために、制作されました。その後、ルチェライ家の教会内で使用されていたため「ルチェライの聖母」と呼ばれるようになりました。
玉座の聖母子の構図は、その後、祭壇画の最も典型的な聖母子像の構図となります。 ドゥッチョの作品の中では、文書記録として残されている一番古い作品です。
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4+