ラオス旅行終了。

これでラオスの旅も終了です。
ラオスの川岸レストラン、良かったなぁ。ヴェンチャンの川岸レストランは夜景が最高。ルアンパバーンの川岸レストランでは、まったりしました。
帰りもハノイ経由で関空へ帰ります。
下の写真はハノイー関空の飛行機の機内食です。

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ラオスへGO。

3泊4日でラオスへ行きます。
関空からラオスの首都ヴェンチャンへは直行便が飛んでいないので、ハノイ経由です。
右上はハノイ空港。
右下はハノイーヴェンチャン間の機内食。
ラオスは、約24万k㎡(日本の約60%)に約700万人の人が住んでいる大半が仏教徒の国です。英語は日本と同じであまり通じませんが、タイとメコン川を挟んで接している事もあり、タイ語は通じるそうです。
今回は首都ヴェンチャンと世界遺産に登録されている旧首都のルアンパバーンを訪問する計画です。

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世界遺産、ハノイのタンロン遺跡。

タンロン(昇龍)はハノイの旧称です。1010年から1804年まで、ベトナム諸王朝がタンロン遺跡の場所に都を置いていたため、各時代の遺跡を見ることができます。
大学卒業の記念撮影をしていました(真ん中)。
< MAP >

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ハノイのホアンキエム湖周辺。

ホアンキエム湖は、紅河が氾濫を繰り返した際にできた湖の一つ。
かつては紅河と繋がっており、緑水湖と言われていたそうです。その後湖は2つに分かれ、一つがホアンキエム湖となり、もう一つが水軍湖となりました。
ホアンキエム湖の名前の由来は、黎朝の初代皇帝黎利が湖の宝剣を手にし、その剣によって明との戦いに勝利しました。その後、黎利は湖の上で金の大亀から持ち主である竜王に剣を返すように啓示を受け、湖の中心近くにある小島で剣を返しました。以来、還劍(ホアンキエム)と呼ばれるようになったそうです。
池の近くで日本の支援によるフェスティバルが行われてました。桜🌸と鯉のぼり🎏が綺麗でした(真ん中3枚)。

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タンロン水上人形劇場。

水上人形劇は、ベトナム北部の伝統的な人形劇です。
舞台はため池などの濁った水の上で、簾で隠された舞台裏に回った人形操者が腰まで水に浸かって演技を行います。人形は長い竿の先に取り付けられ、糸によって首や腕を動かします。
人形の操作は、簡単なもので1年、複雑なものでは5年の練習が必要だそうです

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ハノイの一柱寺。

一柱寺は形状(右上二つ目)から来る俗称で、正式名を「延祐寺」と言います。
李朝第二代皇帝 李太宗により1049年に建設されました。 
李太宗が、観音菩薩に蓮華台の上に座らされる夢を見たため、禅慧が寺を建立。湖に石の柱とその上に蓮の形をした塔を立て、皇帝の世が長く続くようにと観音様を祀ったそうです。

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ハノイのホーチミン廟。

2年の歳月をかけて1975年9月2日に完成しました。
一年中冷房の効いた部屋に永久保存処置を施されたホー・チ・ミンの遺体が安置されています。
廟はベトナム人民軍により警護され、私語厳禁で立ち止まることは許されません。
撮影不可で事前にカメラや携帯電話などを預けておく必要があります。

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ハノイの文廟 (孔子廟) 。

1070年建設。
1076年に国内初の大学・国子監がおかれ、王族・貴族の子弟や官僚が学んだそうです。
今では学問にご利益のある場所として、観光客だけでなく多くのベトナム人が訪れています。
文廟の敷地内にティエンクアンという名の池(右上)があり、その両側には石碑が並んでいます(真ん中下)。これは昔の官僚登用試験の科挙の合格者の名前と出身地が刻まれた碑で、石造りの亀の上に乗っています。
ベトナムの科挙制度は1075年に始まり、1919年に廃止されるまで続きました。ベトナムは東アジアの中で一番最近まで科挙制度を継続していた国です。

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