ムガル建築の代表作、アクバル廟。

ムガル帝国の皇帝アクバル大帝の墓廟。ムガル建築の代表作です。
1605年にアクバルが死亡したのち、アーグラのシカンドラーで建設が始まり、1613年に建築が終了しました。
1687年、アウラングゼーブの治世にアクバル廟はジャートによって荒らされ、その際、廟の高価な宝石類や金銀の硬貨は持ち出されてしまいました。
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タージ・マハル の近くのラクダの車。


タージ・マハル の近くで、「ラクダの車 」を見つけたので、一枚!
ラクダの後ろに荷台付きの車を付けた運搬用の交通機関で、主に砂漠やオアシス間で、人や荷の移動のために隊商等で用いられているそうです。
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インド・イスラーム文化の最高傑作、タージ・マハル。

ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、1631年に死去した愛妃ムムターズ・マハルのため建設した総大理石の墓廟。インド・イスラーム文化の最高傑作と言われます。
シャー・ジャハーンは、タージ・マハルと対をなす形でヤムナー川を挟んだ対岸に黒大理石で出来た自身の廟(通称「黒のタージ・マハル」)を作ろうとしましたが、息子のシャー・ジャハーンにアーグラ城に幽閉され実現しませんでした。
「黒のタージ・マハル」 も観てみたかったですね!

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悲しい物語りがあった、アーグラ城塞

デリーからアーグラへの遷都に伴い、皇帝アクバルにより1573年に構築されました。その後ジャハーンギール、シャー・ジャハーンまで3代の皇帝に使用されました。


シャー・ジャハーンは、タージ・マハルを構築した皇帝です。 シャー・ジャハーンの息子であるアウラングゼーブは兄弟間の後継者争いに勝つと、父であるシャー・ジャハーンをタージ・マハルの見える城塞内の「囚われの塔」に幽閉しました。
シャー・ジャハーンは、亡き愛妃の眠るタージ・マハルを眺めながら、1666年に74歳で亡くなったそうです。なんとも悲しい物語です。右下の写真が遠くに見える タージ・マハル 。
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