天体観測施設、ジャンタル・マンタル。

ムガル帝国時代の18世紀前半にジャイプル藩王国のジャイ・シング2世がインド北部の5か所に建設した大型の日時計および天体観測施設。世界遺産。
ジャンタルは、サンスクリット語で「機器、機械」の意味で、マンタルは「参考にする、計測する」という意味です。合わせて、ジャンタル・マンタルは「計測する機器」の意味です。
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象に乗って、アンベール城へ。

城郭都市アンベールにある宮殿。
宮殿後ろの山上にジャイガル城砦あり、隠れた通路でつながっているそうです。
アンベールは、ラージプートのカチワーハー家の王国・アンベール王国の首都でした。ムガル帝国の第3代君主アクバル1世は、1562年にアンベール王の娘と結婚してアンベール王国と同盟したのを皮切りに、アンベールをはじめとするラージプートの王侯を次々に連合し傘下に加えていきました。そして、 1592年に、もともと城砦があった所に築城が始められました。
観光客が象に乗って城のある丘まで登ることができます。 (右下の写真)
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ムガル建築の代表作、アクバル廟。

ムガル帝国の皇帝アクバル大帝の墓廟。ムガル建築の代表作です。
1605年にアクバルが死亡したのち、アーグラのシカンドラーで建設が始まり、1613年に建築が終了しました。
1687年、アウラングゼーブの治世にアクバル廟はジャートによって荒らされ、その際、廟の高価な宝石類や金銀の硬貨は持ち出されてしまいました。
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レッド・フォート「赤い城」

インドのデリーにあるムガル帝国時代の城塞。デリー城とも言われています。 インドで「赤い城」と言えば同じく帝国時代に築かれたアーグラ城塞を指す場合もあります。 ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、アーグラから遷都し、自らの名を冠した新都シャージャハーナーバードにおける居城として築きました。1639年から9年をかけ1648年に完成。
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タージ・マハル の近くのラクダの車。


タージ・マハル の近くで、「ラクダの車 」を見つけたので、一枚!
ラクダの後ろに荷台付きの車を付けた運搬用の交通機関で、主に砂漠やオアシス間で、人や荷の移動のために隊商等で用いられているそうです。
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インド・イスラーム文化の最高傑作、タージ・マハル。

ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、1631年に死去した愛妃ムムターズ・マハルのため建設した総大理石の墓廟。インド・イスラーム文化の最高傑作と言われます。
シャー・ジャハーンは、タージ・マハルと対をなす形でヤムナー川を挟んだ対岸に黒大理石で出来た自身の廟(通称「黒のタージ・マハル」)を作ろうとしましたが、息子のシャー・ジャハーンにアーグラ城に幽閉され実現しませんでした。
「黒のタージ・マハル」 も観てみたかったですね!

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悲しい物語りがあった、アーグラ城塞

デリーからアーグラへの遷都に伴い、皇帝アクバルにより1573年に構築されました。その後ジャハーンギール、シャー・ジャハーンまで3代の皇帝に使用されました。


シャー・ジャハーンは、タージ・マハルを構築した皇帝です。 シャー・ジャハーンの息子であるアウラングゼーブは兄弟間の後継者争いに勝つと、父であるシャー・ジャハーンをタージ・マハルの見える城塞内の「囚われの塔」に幽閉しました。
シャー・ジャハーンは、亡き愛妃の眠るタージ・マハルを眺めながら、1666年に74歳で亡くなったそうです。なんとも悲しい物語です。右下の写真が遠くに見える タージ・マハル 。
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ガンジス川クルージング


朝のガンジス川を舟でクルージング!
ガンジス川は、ヒンディー語やサンスクリットで「ガンガー」と呼ばれます。これはヒンドゥー教の川の女神の名でもあります。 ガンジス川は聖なる川であり、死者をその川岸で火葬に付し、灰をこの川に流すことは死者に対する最大の敬意とされています。
ガンジス川で沐浴するためにバーラーナシーに巡礼してくる信者も数多くいました。
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ガンジス川の夜明け

「ガンジス川の夜明け in ワーラーナシー」です。
インド神話によれば、ガンジス川はかつて天上を流れていたそうです。しかし、サガラ王の6万の王子を昇天させるためにバギーラタが苦行を積み、これを聞き入れたブラフマー神によってガンジス川は地上を流れることとなりました。しかし、そのままではガンジス川の落下の衝撃に地上世界が耐えられないため、バギーラタはさらに苦行を積み、その結果シヴァ神が川を自らの額で受け止め、髪を伝って地上へと流れ下るようにしたそうです。
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