ペナン島のコーンウォリス要塞。

この辺り、ジョージタウン一帯が世界遺産に登録されています。
コーンウォリス要塞は、1786年にイギリス東インド会社のフランシス・ライトが、ケダ州の王より奪ったペナン島に最初に上陸した場所に築いた要塞。
当時のイギリスにとって、植民地をオランダやフランス、海賊などから防衛する海上交通上の要衝でした。
右下の写真にビクトリア メモリアル時計塔が写っています。
この時計塔は、1897年に地元の慈善家であるチア氏が、当時のヴィクトリア女王即位60周年を記念して建造。高さは即位の年数と同じ60フィート(約18.3m)です。
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マニラのサンチャゴ要塞。

サンチャゴ要塞は、第二次世界大戦時の日本軍の重要な拠点で、アメリカ軍との死闘が繰り広げられた場所です。
左下は第二次世界大戦時、日本軍はフィリピン人を地下牢に閉じ込め、満潮時に彼らを水死させた場所。捕虜600名が溺死したと言われてます。
日本人はひとりでは優しいのに、集団になると時に残酷になります。忠義の為には仕方がないと考えてしまうのか?

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セブ島のサン ペドロ要塞。

サン ペドロ要塞へは、日が暮れてから訪れましたが、綺麗にライトアップされていました。
サン ペドロ要塞の外では、若者がダンスを踊ってました(真ん中左)。
サン ペドロ要塞の中は、アベックのデートスポットになってました。
サン ペドロ要塞は、フィリピン最古かつ最小の三角形の稜堡式要塞。元々はスペインのコンキスタドールミゲル・ロペス・デ・レガスピにより建築されたものです。
現在に残る石造りの要塞は、1738年頃、敵対するムスリム勢力からの攻撃に対抗するために建設されました。19世紀後半には、フィリピン人の反乱に対する拠点として使われるようになったそうです。

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ロンドン塔の悲しい歴史を知ってますか?

1066年にイングランドを征服したウィリアム1世が1078年にロンドンを外敵から守るために堅固な要塞の建設を命じ、本体は約20年で完成しました。その後、リチャード1世が城壁の周囲の濠の建設を始め、ヘンリー3世が完成させました。
長い歴史の間に国王が居住する宮殿として1625年まで使われ、その間、14〜19世紀にかけては造幣所、天文台、1640年までは銀行、13世紀から1834年までは、王立動物園でもありました。1282年からは、身分の高い政治犯を幽閉、処刑する監獄としても使用されはじめ、14世紀以降は政敵や反逆者を処刑する処刑場となった悲しい歴史もあります。
1988年世界遺産に登録されました。
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星型の海防要塞。 - スオメンリンナの要塞 ー

世界遺産のスオメンリンナの要塞へ渡ります。
右中の写真が舟乗り場の待合室。
この船は24時間チケット(1日券)が使えました。ラッキー。

なんと、雨が止んできました。これで世界遺産をじっくり見学出来ます♬
スオメンリンナの要塞は、ヘルシンキ市内の6つの島の上に建造された海防要塞。
当初の名前はスヴェアボリ(スウェーデンの要塞)だったが、1918年に愛国主義的な理由からスオメンリンナ(スオミの城塞)と改称されました。星型要塞です。
右中の写真は、夏のスオメンリンナ。
右下の写真は、冬のスオメンリンナ。
趣きがだいぶ異なりますね。
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