ピラミッドを遠望できる、ギザの街並み

ギザは、エジプトはギザ県の県都です。人口は約200万人。エジプトで古くから栄えた都市で、三大ピラミッドや寺院群等、歴史的建造物が多数あります。
軍事的にも重要な拠点で、10世紀のファーティマ朝や18世紀末のナポレオンがカイロを征服する前には、まずギザを制圧してからカイロへ侵攻しています。

ギザの街並みから見た、ピラミッドは感動的! 「とうとうピラミッドに辿り着いた」と言う気持ちがこみ上がります。


更にピラミッドへ接近。この時のワクワク感は今も忘れられません!

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3+

キャンディの街並み

キャンディの街並みです。
長閑で幹線道路は1車線、信号機を見かけることもほとんどありません。道端はゴミもなく、きれいに清掃されています。1983年から2009年まで内戦が続いていたことが嘘の様です。赤のポストとトゥクトゥクが印象的でした。
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4+

シェムリアップの街並み。

シェムリアップとは「シャム人敗戦の地」という意味です。これは17世紀にクメール人がシャム(現在のタイ)のアユタヤ王朝の軍隊に勝利したことから名付けられたそうです。アンコールワットやアンコールトム等の遺跡を観光する拠点になっています。
下の写真は、タイのバンコク行きのバス停です。
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ホーチミンシティのビテクスコ・フィナンシャルタワーからの風景。

2010年10月建設。
高さ265.5メートルの地上68階・地下3階建のビルです。
写真は展望台からの景色です。
屋上にはヘリポートもあるそうです。

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ハノイのホアンキエム湖周辺。

ホアンキエム湖は、紅河が氾濫を繰り返した際にできた湖の一つ。
かつては紅河と繋がっており、緑水湖と言われていたそうです。その後湖は2つに分かれ、一つがホアンキエム湖となり、もう一つが水軍湖となりました。
ホアンキエム湖の名前の由来は、黎朝の初代皇帝黎利が湖の宝剣を手にし、その剣によって明との戦いに勝利しました。その後、黎利は湖の上で金の大亀から持ち主である竜王に剣を返すように啓示を受け、湖の中心近くにある小島で剣を返しました。以来、還劍(ホアンキエム)と呼ばれるようになったそうです。
池の近くで日本の支援によるフェスティバルが行われてました。桜🌸と鯉のぼり🎏が綺麗でした(真ん中3枚)。

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バガンの風景。

■馬車(真ん中左)
重要な観光客向けの交通手段です。いい感じです。
■エーヤワディー川(左上、下3枚)
旧称イラワジ川。語源は、サンスクリット語で「象の川」を意味する airavati から来ているそうです。
■牛が。。。(真ん中右)
車の前に牛が現れました。暫し立ち往生!
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ヤンゴンのスーレー ・パゴダ他。

■スーレー ・パゴダ(右下)
ヤンゴン市の中心部にある仏塔。 
今も昔もスレー・パゴダは、ヤンゴンおよびミャンマーの政治の中心地です。
■ヤンゴン中央駅(左上)
最初の駅は1877年にイギリス人が建設しましたが、日本軍の進攻によりイギリス人によって1943年に破壊されました。 
現在の駅は1954年に伝統的なビルマ建築様式で再建されたものです。
ビルマ建築様式って、なんかカッコいい!
■ヤンゴン シティホール(左上下、真ん中左)
1936年建設。ビルマ人建築家ウ・ティンの作品だそうです。
■マハバンドゥーラ公園(右上)
ミャンマーがイギリスから独立した証の独立記念塔が建ってます。
■旧最高裁判所(真ん中右)
イギリス統治時代のコロニアル様式の建物。20世紀初頭より首都がネピドーに移るまで最高裁判所として使われました。
手前はマハバンドゥーラ公園です。

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