シェイク・ザーイド・モスク

2007年完成の世界で6番目に大きいモスク。伝統的なイスラムのデザインと近代的な建築技術を用いてつくられています。
世界最大のペルシアじゅうたんが置かれていることで有名で、じゅうたんを一目見ようと世界中から多くの観光客が訪れます。

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サンタ・マリーア・マッジョーレ大聖堂

教皇が建築させたローマの四大バシリカ(古代ローマ様式の聖堂)の一つ。古代キュベレ神の神殿があった場所に築かれ、数回にわたる改修と1348年の地震に伴う崩壊の危機を乗り越え、ローマのバシリカ様式の聖堂では唯一原構造を残している貴重な建築物です。
サンタ・マリーア・マッジョーレ大聖堂とは、「偉大なる聖母マリアにささげられた聖堂」という意味だそうです。
因みに、四大バシリカとは、このサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂、サン・ピエトロ大聖堂、サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂、サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂の四つです。


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バビロンの城

ローマ帝国時代に建設。ローマ軍はナイルデルタ地帯の先端地域を戦略的な要地として支配を続け、トラヤヌス帝(98-117年)及び、アルカディウス帝(395-408年)の時代に拡張、要塞化しました。
残念ながら砦は今世紀の初頭に廃墟となってしまいましたが、ローマ時代の軍事的建造物の中で最もよく保存されたものの一つです。


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アズハル・モスク

970年に創建されたモスク。エジプト国内で最も重要なモスクと言われます。
最初はシーア派のモスクでしたが,アイユーブ朝の成立によりスンニー派のモスクとなり、この頃からイスラーム最古のマドラサ(イスラームの教育機関)としての機能も備えるようになりました。そして、これが後にイスラム世界の教学の中心となり、今日のアズハル大学となりました。
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ムハンマド・アリ・モスク

ムハンマド・アリ・モスクは、オスマン帝国の支配下にあったエジプトの近代化の基礎を築いたムハンマド・アリにより1824年に建設がスタートし、1857年に完成しました。
大きなドームと、2本の高いミナレットが印象的な、典型的なオスマン帝国スタイルのモスクです。
中に入ると目を奪われるのが大きなシャンデリアで、その重さは、なんと1t!今は電気を使っていますが昔はすすが出ない油を使っていたそうです。
内外の装飾にふんだんにアラバスタ―(雪花石膏)を使っているのも特徴です。
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ガンガラーマ寺院の一押し展示品

コロンボで一番大きなガンガラーマ寺院の一押し展示品。
左の写真は、シギリヤロックの壁画に書かれているシギリヤレディーを思わせるスリランカ女性の彫像。膨よかな胸と曲線美が特徴的です。この彫像の起源を調査しましたが、判りませんでした。知ってる人がいたら教えてください。
右の写真は、稲で作られた龍でしょうか。横の陶磁器と並んで、中国文化を感じさせます。多くの展示品が飾られているガンガラーマ寺院で、特に気になった二品を紹介いたしました。
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コロンボ最大の寺院、ガンガラーマ寺院

現代とアジア各国の文化が融合した建築様式が特徴のコロンボ市内で一番大きな寺院です。2月の満月祭(ポヤデー)には 盛大な式典が開催され るそうです。

寺院内にはアジア各国、様々な彫刻が展示されています。

舎利塔(右上の写真)には、釈迦の髪が祀られています。また入口近くには関羽像(左下の写真)置かれていました。

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シーマ・マラカヤ寺院

シーマ・マラカヤ寺院は、コロンボのベイラ湖上に建っています。スリランカを代表する建築家、ジェフリー・バワによって1977年に設計・建設されました。
デザイナーとして知られているジェフリー・バワが手掛ける建築は、ほとんどがホテルです。仏教寺院は珍しため、スリランカの人気観光スポットになっています。
また東日本大震災の時、ここシーラ・マラカヤ寺院では、日本のために祈りの会を行い被災者への祈りと復興の願いをしてくれてたそうです。


寺院の片隅(左上の写真)に盆栽が。。。
私の好きなガネーシャが、ここにもいました。しかもピングのガネーシャです(右上の写真)。
涅槃像(右下の写真)。足が揃っているのが涅槃像だそうです。足が揃ってない場合は、休んでいるだけだそうです。スリランカで初めて聞きました。
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仏教の聖地キャンディの佛歯寺

仏教の聖地で世界遺産のキャンディにある、ダラダー・マーリガーワ寺院。通称「佛歯寺」と呼ばれ、釈迦の犬歯が祀られています。
「大涅槃経」によれば、釈迦の死後、歯は遺骨と同様にインド各地に分割されました。年代記の『チューラワンサ』では、スリランカにはスリー・メーガワンナ王(301-328)の時代にカリンガ国(東インドのオリッサ)からブラーマンの女性が右の犬歯を持ってきたとされ、王権の権威を保証する証となりました。
王都が移動するたびごとに仏歯も移動して、現在はこの 佛歯寺 に納められています。仏歯は仏陀の聖遺物の仏舎利として崇拝されると共に、強い力を持つものとして祀られてきました。
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